攻撃にAIが使われているなら、守る側もAIを使えば、基本的な対策は安く速く回せます。ただし条件があります。作る役、疑う役、決める役を分けることです。
本稿は、2026年10月の報道をきっかけに、私が自社のコーポレートサイトで実際に試した約1時間の記録です。自社サイトという小さな対象での一例であり、基幹システムにそのまま当てはまる話ではありません。その点は後半に書きます。
いま何が起きているか
サイバー攻撃による国内企業・団体の情報漏えい被害は、今年10月5日までに少なくとも506件に達しました。読売新聞の報道(2026年10月6日)によるもので、集計はトレンドマイクロと同紙です。2024年は503件、2025年は473件でしたから、9か月あまりで過去2年の年間件数に並んだことになります。
私の単純計算では、年換算で660件前後、過去2年の3〜4割増のペースです。
報道の中で、専門家は2つの変化を指摘しています。
- 個人情報を持っていそうな企業が、規模を問わず幅広く狙われている
- 多くのシステムに共通する弱点を一斉に突く手口から、各システムに固有の弱点を探して侵入する手口へ広がっている
そして、この弱点探しにAIが使われているとみられています。
読むときの注意が2つあります。
- AIの関与は専門家の推定です。確認された事実として報じられたものではありません。
- 件数は企業・団体の「発表」を数えたものです。攻撃の総数ではありません。
それでも、「小さな会社だから狙われない」という前提は、もう置かない方が安全です。
なぜ増えているのか
ここは私の推測です。理由は2つあると見ています。
- 攻撃の道具が安くなった。 生成AIの性能が上がり、専門知識の浅い人でも弱点探しができるようになりました。報道でも、比較的新しい攻撃者が活動している可能性が挙げられています。
- 盗んだ情報を換金しやすくなった。 漏えいした個人情報は売買され、詐欺などに悪用されるおそれがあります。買い手が増えれば、盗む動機も強まります。私は匿名・流動型犯罪グループとの関係を疑っていますが、裏付けは持っていません。
どちらが正しいにせよ、守る側の結論は同じです。攻撃の数は当面減らない前提で備えるしかありません。
AIにはAIで対抗できるのか
半分は成り立ち、半分は成り立ちません。
成り立たない面。 攻撃者は1か所の穴を見つければよく、失敗しても失うものがほとんどありません。稟議も要りません。守る側は、業務を止めずに直す必要があります。この差は、AIを使っても消えません。
成り立つ面。 攻撃者は、侵入から情報の持ち出しまで、すべての段階で気づかれずに成功する必要があります。守る側は、どこか1段で止めるか、気づけば足ります。そして一般に、事故の多くは高度な攻撃よりも基本の不備から起きます。更新漏れ、パスワードの使い回し、設定の誤り、置きっぱなしの鍵などです。
AIが変えたのは、この基本を点検して直す作業の値段と速さです。以下はその実例です。
自社サイトでやってみた記録
指摘から本番での確認まで、全体で約1時間でした。対象は私のコーポレートサイトです。
前日に、AIエージェント(Claude Code)へ指示して、アクセス解析と死活監視の機能を追加していました。当日はその作業報告を別のAIに読ませ、穴がないかを点検させました。役割は次の3つに分かれました。
| 役割 | 担当 | やったこと |
|---|---|---|
| 作る役 | AIエージェント | 実装、攻撃の再現、修正、検証、作業報告 |
| 疑う役 | 別のAI(対話型) | 作業報告を読み、確かめるべき点を指摘 |
| 決める役 | 私 | 本番反映の了承、管理者権限が要る設定の実行、後回しにする判断 |

疑う役の指摘は4件で、結果は次のとおりです。
| 指摘 | 確かめた結果 | 対応 |
|---|---|---|
| 管理画面で不正なスクリプトが動かないか | 攻撃用の文字列を記録させて表示し、実行されないことを確認 | 問題なし。念のため、保存できる文字を制限 |
| 解析の受け口に連投されないか | 1つの通行証を使い回して300回送ると、300件記録された | 通行証を使い捨てにし、送信元ごとの上限と流量制限を追加。修正後は同じ攻撃で0件 |
| メール送信サービスの鍵が作業用PCに置かれていないか | 報告書の記載どおり、PCに鍵のファイルがあった | PCから削除。サーバーからしか使えないよう接続元を制限し、PCからは拒否されることを確認 |
| サーバーが見ている接続元は偽装できないか | 本番で偽装を試し、無視されることを確認 | 変更なし |
残した課題もあります。停止から復旧までの通しテストと、作業用PCが切れている間にサーバーごと止まった場合の検知です。優先度を見て、後日に回しました。
やってみて分かったこと
- 作った本人は、自分の穴を見つけにくい。 連投の穴は、作る役が自分では見つけていませんでした。疑う役に指摘されて初めて再現し、修正しています。人でもAIでも同じで、作る役と疑う役を分けることが効きました。
- 「やりました」は、確かめて初めて信用できる。 攻撃を実際に再現し、修正後に同じ攻撃が通らないことを見る。この確認を本番でも行いました。
- 新しい機能は、新しい穴を連れてくる。 今回ふさいだ穴は、ほぼすべて前日の機能追加で生まれたものでした。便利にする作業と点検は、セットで考える必要があります。
- AIも手順を誤る。 作業の順番を1回誤り、数十秒だけ中途半端な状態になりました。実害はなく、報告も正直でしたが、任せきりにはできません。
- 人の仕事は判断に寄る。 私がしたのは、了承と、権限が要る操作と、優先順位づけです。手を動かす量は小さくなりました。一方で、指摘が妥当かどうかを判断できる知識は、引き続き必要です。
分かっていても、なぜ会社では進まないのか
作業そのものは約1時間でした。対策が必要なことは、多くの会社が分かっていると思います。それでも進まない理由は、技術の外にあると私は考えています。前提条件が4つあるからです。
- 任せられる相手とつながっているか。 この手法は、サーバーに入って設定を変える権限を、誰かに渡すことが前提です。そこまで信頼できる技術者と会社がつながっているかが、最初の壁になります。
- 任せると決められるか。 権限を渡す、AIを使う、本番を触る。何かあったときに誰が責任を負うのかが決まらなければ、決裁は下りません。攻撃者は稟議を回しませんが、守る側は稟議から始まります。
- 技術者の側に、その発想があるか。 AIエージェントを点検と修正に使うという発想は、まだ一般的ではありません。委託先から提案が出てこなければ、会社は選択肢があること自体を知りません。
- 対策が正しいかを判断できるか。 AIの提案に「お願い」と答えるのは簡単です。しかし、その対策が適切か、他に影響が出ないかを多角的に見る知識が要ります。判断できる人がいなければ、提案を受けても動けません。
この4つに加えて、背中を押さない力が2つ働きます。
- 動いているものは触りたくない。 直して止まれば担当者の責任になり、放置して何も起きなければ誰も責められません。結果として、何もしないことが一番安全な選択になります。
- 売上にならない。 セキュリティに投資しても売上は増えないので、後回しになります。この気持ちは私にもよく分かります。
攻撃する側には、この壁がどれもありません。私は、ここに技術の差とは別の非対称があると考えています。
ただ、壁が体制と意思決定の側にあるなら、高価な製品を買わなくても動かせる部分があります。後半の「持ち帰れること」は、その観点で選びました。
この手法の限界と、そのまま真似してはいけない点
この手法は「AIに丸ごと任せる」ものではありません。限界は4つあります。
- 点検した範囲は狭い。 今回見たのは、前日に追加した部分だけです。管理画面のログイン、既存のプログラム全体、OSの更新状況、バックアップからの復元、作業用PCにある接続用の鍵は見ていません。サイト全体を強化したとは言えません。
- 自分のサイトだからできた。 止まっても困るのは私だけです。お客様の情報を扱う基幹システムでは、止めないことも守るべきものに入ります。検証用の環境、変更前の控え、段階的な反映、作業の記録が前提になります。
- 任せた権限は広い。 AIエージェントは、本番サーバーへの接続、外部サービスの設定変更、鍵の発行まで行いました。便利な分、その権限が奪われたときの被害も広がります。権限の範囲、作業記録、第三者による確認を先に決める必要があります。
- AIエージェント自体も狙われうる。 攻撃者が文字を書き込める場所(アクセスの記録など)をAIが読むと、そこに仕込まれた指示に従わされるおそれがあります。
費用をかけずに持ち帰れること
今回効いたのは、AIそのものよりも、次の6つの確認でした。どれも会社の規模を問わず使えます。
- 鍵の置き場所を棚卸しする。 パスワードやAPIキーが、どのPC、どのサーバーに、どんな形で置かれているかを一覧にします。
- 鍵が使える場所を絞る。 接続元の制限や多要素認証で、漏れても使えない状態にします。
- 作った人とは別の目で点検する。 委託先の作業報告を、別の人か別のAIに読ませます。
- 「対策済み」を外から確かめる。 報告で終わらせず、実際に試した結果を求めます。
- 気づける仕組みと、戻せる確認を持つ。 止まったこと、書き換えられたことに気づけるか。バックアップから実際に戻したことがあるか。
- 持たなくていい情報は持たない。 保存期間を決め、不要な個人情報を消します。持っていないものは漏れません。
おわりに
風呂掃除で強い洗剤を使うとき、ゴム手袋をします。手袋は風呂をきれいにしませんが、手袋なしでは掃除を続けられません。セキュリティも同じだと、私は考えてきました。
ただ、この記録を書いていて気づいたことがあります。手袋が守るのは自分の手ですが、情報漏えいで最初に傷つくのはお客様です。預かり物を扱う仕事に近いのだと思います。
攻撃する側の道具が変わったので、守る側の当たり前も変わりました。守る側の道具も変わっています。使うかどうかは、こちらで決められます。